April 2006

April 01, 2006

80年代の彷徨−1

祇園アラビアンナイト その1


今回、添付画像、試聴等はありませんが、ご容赦ください
60年代の猪突猛進とは異なり、70年代は竹村健一氏の言葉にあるように「猛烈からビューティフルへ」の時代でした。
銃口に挿された一輪の花から始まったフラワームーヴメントに代表されるように、70年代とは、一旦社会がスチームローラーの如く全てをなぎ倒して突き進んだ後にやって来た、方向を確かめるかのような、一旦立ち止まらざるを得ない時代であったように思います。

その後に続く80年は、立ち止まった後の「生な彷徨」というか、何かを模索するエネルギーに満ちた時期ではあったけれども、その力をとてつもなく浪費した時期でもあったように感じています。

このような無駄が必要であることが、ヒトの愚かしくもかわいいところなのでしょうか。
そのエネルギー無駄、放出の最中にあった思い出を一つ二つ書こうと思います。

スタア

祇園のアラビアンナイトはブラックミュージック中心の老舗ディスコとして有名でした。ただ、祇園の真ん中にあることと、内装や音楽が少し高年齢向きなので、若い子達はあまり来ないディスコになっていました。これは、そのアラビアンナイトに学校のクラブの連中をつれて大学祭の打ち上げにやってきたときの話です。

その日、店に入ると、客はあまり居ませんでした。ただ、カウンターにはちょっと違う雰囲気の人影があったのです。それはスタアNき野でした。
スタアは70年代にビッグヒットを飛ばした歌謡歌手です。流石祇園はちょっと違うねと思いながら、我々は我々で酒盛りをしていました。

そうこうするうちにチークタイムになり、静かなバラードの中で、我々の盛り上がりがスタアにちらちらと聞こえる状況になりました。スタアは我々の盛り上がりを面白く思ったか、カウンターのバーテンに、
「彼らに僕からお酒一本」 (これがまた良く聞こえるタイミングだった)
と、酒をボトルで振舞ってくれたのです。

我々は貧乏学生でした。
全員が歓喜の声を上げたのは当然。ウェイターからボトルを受け取る際も「拝受姿勢」で受け取り、超慇懃にスタアにお礼を言いました。
かつ、酒を注ぐ際も、当然例のヒット曲フレーズに乗せて注いで回り、
「愛してるぅ〜」(全員:愛してるぅ〜)
「とってもぉ〜」(全員:とってもぉ〜)
人数が多かったので、2本目まで振舞われ、我々は感謝感激雨霰状態でした。

我々小市民、お酒を飲むごとに、
「愛してるぅ〜」(全員:愛してるぅ〜)
「とってもぉ〜」(全員:とってもぉ〜)
トイレに立つ際も、
「愛してるぅ〜」(全員:愛してるぅ〜)
「とってもぉ〜」(全員:とってもぉ〜)
一足先にスタアNき野が帰られる際も、
「愛してるぅ〜」(全員:愛してるぅ〜)
「とってもぉ〜」(全員:とってもぉ〜)
スタアはそんな我々に
「じゃぁ!」
と一言。いや、スタアは違うわ。
そう思いながら席に戻り、わいわいやりながら飲み続けました。
そうこうする内、午前2時くらいになって店を出ることにしました。
ただレジにてびっくり。ボトル2本はもとより、相当数のミネラル他、全部支払いにチャージされてたんですね。
はぁ・・・そうなんや・・・
いや、一瞬でも、楽しませてもらいましたからねぇ。
しゃーないかぁ・・・




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